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【Mr.Children】子育て中、心にグッと来る歌詞フレーズ

Mr.Children
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子育ては、幸せなこともたくさんだけど、正直しんどいこともたくさん。

そんなとき、Mr.Childrenの曲でかなり癒されてる筆者です。

今回は、子育てをする親の立場の人にグッと来る歌詞フレーズを紹介します。

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横断歩道を渡る人たち

2008年発売シングル「GIFT」に収録されている曲

「横断歩道を渡る人達」

ライブでもたまに歌ってくれる弾き語りのような楽曲。

筆者ははじめての子育て中、この曲のとあるフレーズを聴いて涙が出ました。

イライラした母親は 物わかりの悪い息子の手を引っ張って

もう何個も持ってるでしょ!?とおもちゃ屋の前で声を上げている

欲しがってるのはおもちゃじゃなく愛情で

拒んでいるのも「我慢」を教えるための愛情で

人目も気にせず泣いて怒って その親子は愛し合っているんだ

作詞作曲:KAZUTOSHI SAKURAI「横断歩道を渡る人達」

フレーズの分析

この親子の状況は、多くのパパさんママさんに共感できることなのではないでしょうか。

親も子も、互いを困らせようと思っているわけではなく

むしろお互いへの愛によって、衝突が起きてるんだって話です。

筆者自身、我が子のわがままに寛容でいられず、怒ってしまうことがあります。

ただそれは、愛が無いからではありません。

「子供のためを思って叱る」なんていう考えは、そもそも勝手な親のエゴで、

子自体はそんなの求めてないと言われると、確かにその通りです。

親だって、一人の人間に過ぎず、自分の思いどおりにならないとイライラしてしまうのも当然のこと。

ただ、そんなお互い人間同士の親子に愛があるのもまた当然のこと。

そんな親子が、お互いの主張をして、言い合いして、泣いて…しかも脇目もふらず…

そんな親子の光景の中にも、互いの愛が存在しているのを知ってるよ、って、この歌詞に言ってもらえたようで、泣けてきます。

大前提として、

子供を傷つけるような行為は、問題外。

相手が子供であれ大人であれ、人を傷つける行為は、許されないこと。

ただ、親子で言い合い、喧嘩して成長していくことは、一つの愛のある人間関係の形なのだと思います。

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タガタメ

2004年発売アルバム「シフクノオト」より

「タガタメ」

これはこれから将来、我が子と生きてく人生で大きな疑問符を投げかけてくる歌でした。

子供らを被害者に加害者にもせずに

この街で暮らすため まず何をすべきだろう

でももしも被害者に加害者になったとき

辛うじて出来ることは

相変わらず性懲りもなく愛すこと以外に無い

作詞作曲:KAZUTOSHI SAKURAI「タガタメ

フレーズの分析

昨今、巷のニュースでは、中学生が凶器で人を傷つけるとか、親子間の関係のもつれで事件が起きるなんてこともよく聞きます。

メディアの普及で、そういう事件が目に入りやすくなっただけなのかもしれず、

昔から、子供の犯罪や、親子間の事件もあったのかもしれません。

思春期には、子供は親のことを嫌いになり、そこから自立の道を歩みます。

親から巣立つ前に、大きく道を外してしまうのは何故なのか。

そしてそれを止められる方法は無いのか。

親という立場になって、改めて真剣に考えるようになりました。

例えば我が子が被害者に、そしてまた加害者になったとき。

親が出来ることは、たった一つしかないのです。

それが、愛すること

ただその愛が、その子の道を照らす、唯一の光だったりするのかもしれません。

愛は形の無いものだから、分かりにくい。

それでも、

いっぱいいっぱい愛を伝え続けることが、私たち親に出来ることなのかもそれません。

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HERO

2002年発売シングル「HERO」からのフレーズ

僕の手を握る 少し小さな手

すっと胸のよどみを溶かしてくれんだ

「HERO」作詞作曲:KAZUTOSHI SAKURAI

でもヒーローになりたい ただ一人君にとっての

躓いたり転んだり するようなら そっと手を さしのべるよ

「HERO」作詞作曲:KAZUTOSHI SAKURAI

フレーズの分析

この曲の歌詞の主人公が目を向けている相手は、必ずしも子供とは限りません。

恋人かもしれないし、結婚相手かもしれない。

ただ、相手を子供に見立てたとき、そこから親の立場としての立ち方のヒントをもらえるような気がします。

みんなの救世主じゃなく、我が子だけの救世主でありたいと、筆者も思っています。

そして、「僕の手を握る少し小さな手」を我が子に見立ててみると、子供を救うだけじゃなく、僕(親)自身も胸のよどみが溶けるように、救われている…

我が子と出会ったとき、その子を見守るために、自分自身も、もっと生きたいと思った。

そして、我が子が人生のコース料理のデザートを食べる頃には、筆者は物理的にそばには居られないかもしれないけれど、

空の上から、デザートを頬張るその笑顔を見ていたいと思うのです。

自分の力で歩く我が子が、躓いて転んだ時は、

掴まる手もあるんだよ、と手をさしのべたい。

自分で立ち上がるのも自由。

ただ、掴まれる手はそばにあるよ、と伝えたい。

そんな気持ちを呼び起こしてくれる曲です。

いかがでしたか!?

この記事が少しでもあなたの心に豊かさを送ることができたら幸いです!

ではまた☺️

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