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社交辞令かどうか分からず嫌な思いをしないための方法

「考えすぎ」から見えたこと
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今度うちに遊びに来て!

うん!必ず行くね!

こんな会話のあと、ほどなくして誘われた側は、連絡をします。

しかし、誘った側は都合が悪いと曖昧な返事ばかり。

結局この会話は実現しませんでした。

誘った人が発した

「遊びに来て!」

は、社交辞令だったんですね。

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人間関係は社交辞令にあふれている

社交辞令は、日本だけでなく海外でも普通にあるようです。

つまりは、人間であればどんな文化でもある程度の社交辞令的なものがあるのだろうと思います。

社交辞令についてネットで調べたら、たくさんの記事が書かれています。

「社交辞令を信じる人への対処法」

なんて記事も多く見受けられ。

社交辞令を信じるほうがおかしい!みたいな印象を持たれてる人も多いのか・・・?

なんて、私個人的には驚きを感じています。

「社交辞令の見分け方」

なんて記事もとても多かったことから、人間関係というのは、社交辞令は存在して当たり前の世界だということが分かります。

その反面、Yahoo!知恵袋のような質問箱のサイトでは、社交辞令を言う人に腹を立てている、悲しい気持ちになっている相談も多く寄せられています。

今回は、私も含め、

社交辞令を真に受けてしまう人

が、悲しい気持ちになる理由と、そうなったときの対処法・考え方をお伝えしたいと思います。

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社交辞令に対する2つの考え方

社交辞令に対する考え方は、以下の2つに分けられます。

社交辞令を真に受ける人の考え方

社交辞令を真に受けたことがある人は、

それが社交辞令だったと分かると、怒ったり悲しんだりします。

だって、嘘つかれたんだよ???

ってね。

「遊びに来て」とか「ご飯行こう」って誘っといて、こっちが本気にしたら断るって、どういうつもりなの?

そんな気が無いなら、最初から言わないで!

って気持ちになります。

私はこの気持ちはとてもとてもよく分かります。

社交辞令をよく使う人の考え方

社交辞令を言う人側の気持ちは、そうやって相手に嘘をついたり、傷付けたりするつもりは全くもって無いようです。

むしろ、相手を傷付けないために、人間関係を円滑にするために発する言葉なんだそうです。

もう会う気が無くても「また会おう」と言ったりするのは、嘘ではないようです。

個人差はとても大きい

真に受けてしまう人と、社交辞令を普通に使う人との間には、大きな考え方の違いがあるんですね。

どちらの考え方が正しい・間違っているの問題ではありません。

ただ、「考え方の違い」がある。それだけです。

人それぞれなんだな、と簡単に受け入れられたら、良いですが、なかなかそうもいきません。

人を信じやすい人は特に、何が本音で、何が社交辞令なのか、会話だけでは分かりません。

はなから、「みんな社交辞令を言うんだろ」というやさぐれた気持ちの人は、そうは思わないかもしれませんが。

では、真に受けてしまう人としては、社交辞令だらけの世界を、どのように気持ちで過ごせばよいのでしょうか。

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社交辞令を真に受けて傷つく前に考える3つのこと

「社交辞令の見分け方」については、調べればたくさん出てきます。

大きくまとめると、

話が具体化しない誘い

については、ほぼ社交辞令と言って間違いないようです。

しかし「いつ頃に遊ぶ?」など、少し具体的な話が出たとしても社交辞令のときがあります。

全然見分けられず、何度も日程調整しても断られ続け、

やっと、

もしかして社交辞令か?

と気付く。

あぁ、事前に社交辞令と分かっていれば、はじめから期待せずに済んだのに。

と、バカな自分を呪ったりします。

また、あらゆる人の「また遊ぼう」「また来てね」の言葉が社交辞令であり、本心ではないんじゃないかと疑心暗鬼にもなったりします。

前もって「これは社交辞令かな」と疑うのも、なんだか悲しいように思います。

自分から確認をとってみるのが鉄則

方法としては、前述したように何度か自分からアプローチしてみて、なんやかんやと理由をつけて断られ続けたら社交辞令だと判断するしかないようです。

ただ、いちいちそれに傷付かないように、「社交辞令の可能性もある」ということは、事前に頭に入れておいたほうが良いでしょう。

割りきりも大切

社交辞令を言う人は、所詮そこまでの間柄なのだと割り切るのも一つです。

要するに、相手に期待しない。ということですね。

そして、本心で会いたいと思ってくれる人とだけ、親しくすればそれで良いです。

そういう人は必ず貴方の周りにも居ますから。

まだ関係を深める時期ではない

それでも、自分が大切だと思っている人から、社交辞令的な態度を取られると、なかなか割り切るのも難しいかもしれません。

そのときは、「まだ(関係が深まる)時期ではないのだ」と思いましょう。

その人との縁は大切に想っても良いですが、まだ深める時期ではないということもあるのです。

人間関係の距離の縮め方には、タイミングというものがあります。

友人にしろ恋人にしろ、縁があれば必ず深まるときがやってきます。

それを信じて、心穏やかに過ごしましょう。

気付かぬうちに自分でも社交辞令言ってるかも?

もしかしたら、社交辞令を真に受けやすい人自身も、社交辞令を言ってしまってること、あるかもしれません。

というか、大いにその可能性ありです。

人間は、一人では生きていけず、必ず他者と関係を持って、つまり人間関係を持って生きています。

とりわけ家族以外の他人とは、円滑にコミュニケーションをとろうとしますから、そこで本音ばかり言うことは出来ませんよね。

だから、もう二度と会いたくなくても、

「またね」

のような意味合いの言葉を言ったりします。

本心だけでは角が立つのは、社交辞令を真に受ける人でも分かっていること。

そうやって自分自身を振り返ってみると、社交辞令を言われたと気付いて悲しんだり苛立ったりする気持ちは少なくなるのではないでしょうか。

社交辞令を多用する人にお願いしたいこと

とはいえ、社交辞令連発の人には知っておいて欲しいことがあります。

たとえ人間関係を円滑にするツールが社交辞令であったとしても、それを信じて真に受ける人が居るということは、知っておいて欲しいです。

真に受ける人は、真面目な人が多いです。

「今度遊びにおいでよ」

と言われたら、

「いつ頃行こう?」「こっちから連絡したほうがいいのかな?」「もちろん行く!って返事しちゃったから、一度は行かないとな」

など、頭の中でたくさんこれからのことを考えるのです。

そして、勇気を出してこちらから

「この間の話だけど、いつにする?」

って言ってるのです。

そういうふうに、中には実現させようと相手がしてくることを想定した上で社交辞令を使って欲しいと思います。

だから、社交辞令で誘ったら、それが社交辞令でなくなる覚悟も必要ってことです。

言葉には責任をもって欲しい。そう思います。

かくいう私も、社交辞令は使うけど真にも受ける人間です。

ただ、極力、本当にまた会いたい人にしか、また会おうと言いません。

もう会わなくていいな、と思う人には、感謝の気持ちを伝えて、「さようなら」と言うようにしています。

もちろん全てではないですが。

本音と建前は難しいです。

人間関係を円滑にするには、社交辞令ももちろん必要です。

関係を断ち切る意味の言葉を、不快感無しで伝えることは困難ですからね。

体の良い社交辞令を使って

それがかえって相手を傷付けないか?ということを一瞬でも思い浮かべて欲しいと思います。

せっかくの人を傷付けないための行為が、かえって傷付けてるとなると、本末転倒ですから。

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